本態性振戦 植込み型除細動器の症例に奏功 湘南藤沢病院がMRgFUSで世界初
本態性振戦 植込み型除細動器の症例に奏功
湘南藤沢病院がMRgFUSで世界初
「知見を共有するため、すでに論文初稿を投稿しました」と伊藤部長
MRgFUSはMRI(磁気共鳴画像診断)で標的部位の位置と温度をリアルタイムにモニタリングしながら、約1000本の超音波を一点に集中させ、標的部位を熱凝固する治療法。外科的侵襲がほとんどなく、治療効果や有害事象を治療中に確認しながら進めることができる。
1例目の患者さんは18年に他院で冠攣縮性(かんれんしゅくせい)心室細動と診断され、ICDを埋め込んでいた。右上肢の本態性振戦に悩んでいたこともあり、湘南藤沢病院に紹介された。ICDを有する患者さんにMRgFUSを行うのは世界初の試み。
同じく世界初の症例として、同院では17年9月にペースメーカーを有する振戦優位型パーキンソン病の患者さんに同治療を実施。患者さんは洞不全症候群(洞結節の機能低下により徐脈が生じる不整脈のひとつ)に対しペースメーカーを埋め込んでおり、MRgFUSの治療中はペースメーカーをMRIの影響を受けないモードに変更。超音波照射がペースメーカーに影響しないか憂慮したが、その影響はなく、右上肢の振戦は消失した。
一方、今回のICDを有する患者さんは同治療中に除細動機能を停止させざるを得ないため、この間に心室細動が起こった場合、命にかかわる状況になる。事前のシミュレーションでは心室細動が起こった時点で、すぐに治療を中止し、胸壁叩打(こうだ)、心臓マッサージを行うとともに、素早くMRgFUSの治療機器から患者さんを離脱、MR室外に移動したうえで、体外式除細動器を使用する流れを考えた。
治療に先立ち、この患者さんが18年の発症時以降、現在に至るまで心室細動を起こしていないことを確認。冠動脈拡張作用のあるイソソルビドとカルシウム拮抗薬を継続したうえで治療に臨んだ。万が一、治療中に心室細動を起こした場合に備え、赤坂武・循環器内科部長と内田祐司・救急センター(ER)部長がバックアップ体制を整えた。
MRgFUSの治療の様子
当日は心室細動が生じることはなく、右上肢の振戦は消失。治療終了後すぐにICDの除細動機能を復帰し、正常に作動することを確認した。
伊藤恒・神経内科部長は「危険をともなう治療でしたが、いろいろな人の協力があり、最終的にはうまくいって良かったです。一例だけの治療経験ではありますが、MRgFUSの対象患者さんの幅が広がるきっかけになったと思います。世界初の症例となりますので、知見を共有するために、すぐに英文論文にまとめます」と意気込みを話す。
認知症患者さんに治療
最近では、アルツハイマー病を合併した本態性振戦の患者さんに対し行ったMRgFUSも世界初症例。これを詳述した論文は日本神経学会の英文誌に公開されている。
日本脳神経外科学会のガイドラインには、アルツハイマー病患者さんはMRgFUSの対象から除外されると明記。一方、厚生労働省が所管する医薬品医療機器総合機構(PMDA)に承認されたMRgFUS治療機器の添付文書には「意思疎通が困難な症例」を除外すると記載。伊藤部長は「添付文書はガイドラインの上位にあるので問題なし」と治療機器メーカーに確認、同治療を実施した。
患者さんと頻回にコミュニケーションを取り、安定した精神状態を保ったまま治療を進め、右上肢の振戦がほぼ消失したことを確認。伊藤部長は「本態性振戦やパーキンソン病の患者さんが認知症を合併することもあります。このような患者さんにもMRgFUSが振戦やジスキネジア(不随意運動の一種)の治療選択肢のひとつになることが示されました」とアピールしている。