NPO法人TMAT 家屋の浸水・停電・断水 大型台風で支援奔走
2019.12.18
NPO法人TMAT 家屋の浸水・停電・断水 大型台風で支援奔走
国内外で災害医療に取り組むNPO法人TMAT(徳洲会医療救援隊)は、各地で起きた大型台風被害の支援に奔走した。9月8日夜から翌日にかけ台風15号、10月12日夕方に台風19号がそれぞれ関東地方を直撃。広域で河川堤防が決壊し、家屋への浸水や停電、断水など被害が相次いだ。多くの方々が避難所生活を余儀なくされるなか、TMATは各地で精力的に活動、その軌跡を振り返る。
回顧この一年 ③
館山市ではブルーシートで屋根を覆う家が多数(台風15号)
10日昼頃、千葉県富里市にある中沢病院から一般社団法人徳洲会(社徳)とTMATに対し、搬送支援の要請が入った。同院は療養型の病院で約280人が入院、停電の影響で病院機能の維持が困難となり、行政などに支援要請したものの、支援の見とおしが立っていない状況だった。要請に対し社徳とTMATは協議の結果、支援を開始することを決定。
館山病院への転院搬送を支援するTMAT隊員(台風15号)
翌11日、前日の徳洲会4病院に、千葉西総合病院、館山病院(千葉県)、武蔵野徳洲会病院(東京都)、湘南鎌倉総合病院(神奈川県)、湘南藤沢徳洲会病院(同)を加えた9病院が協力しドクターカーを出動、中沢病院から近隣の医療機関に69人を転院搬送した。このうち成田富里病院では行政の許可を得て空床フロアを開放し、50人の患者さんを受け入れた。
一方、TMATは14日から南房総エリアの支援を開始。館山病院にはライフライン被害はなかったものの、多くの職員が被災した。同エリアにある安房地域医療センターは通常の2~3倍の救急を受け入れ、症状が落ち着いた患者さんの後方受け入れに難航していた。そのため館山病院は同センターの入院患者さん受け入れを決定、TMATはその支援を行った。また、TMATは社徳に要請し、同日中に看護師応援の手配も行った。
浸水被害で木が倒れ家は泥まみれに(台風19号、長野県)
徳洲会グループからの看護師派遣は21日で終了。また、TMATは19日、館山病院との協議と安房地域災害医療対策会議での方針を受け、支援活動の終了を決定した。
猛威ふるった台風19号 避難所の衛生活動に力
ダンボールベッドが整然と並ぶ避難所(台風19号、宮城県)
長野県では13日に活動を開始。患者搬送ニーズが高く、避難所の支援には手が回っていない状況のため、TMATは長野市保健所と協議し、他団体と合同で5チームをつくり、長野市内の避難所17カ所を調査した。
14日夜から避難所である北部スポーツ・レクリエーションパーク(北スポ)での当直をスタート。翌日から北スポでの保健衛生活動や健康相談などを本格的に始めた。まずは避難所内の衛生環境を整備。避難所内を土足禁止にするため、畳で区切って靴脱ぎ場を作成。トイレ後の手洗いを徹底させるため、ハンドソープや紙タオル、消毒液を仮設トイレの前に配置し、自然な流れで手洗いができるように工夫した。
避難所内で医師による診療活動も実施(台風19号、宮城県)
20日には安倍晋三首相と内閣府大臣政務官の今井絵理子・参議院議員が避難所である北スポを訪問。TMATに対し激励の言葉を送った。長野県では15日間、合計23人の隊員が活動。27日にすべての活動を終えた。
TMATは宮城県への隊員派遣も決め、15日に活動を開始。同時期に活動を開始したNPO法人AMDA(岡山県)と協働し、主要避難所のひとつである丸森小学校を担当した。避難者が生活する体育館は土足のままの状態、トイレもパーテーションで区切られた介助者用がひとつのみだったため、迅速な環境整備が必要だった。また、電気は復旧したものの、上下水ともに断水しており、復旧までに1カ月を要する状況だった。
17日にダンボールベッドを設置。作業内容は事前にタイムスケジュールを作成し、行政や自衛隊、DMAT(国の災害派遣医療チーム)と共有。当日はTMATが中心となり、100人近いスタッフが体育館を清掃し、ダンボールベッドを設置した。午後3時頃には、すべての作業を終え、別室に荷物とともに移動していた避難者を体育館に誘導。土足禁止エリアを明確にし、出入り口をひとつにして靴箱を設置するなど環境整備した。
18日から災害処方箋の発行が認められ、丸森町役場に臨時救護所とモバイルファーマシー(災害対策医薬品供給車両)が設置された。丸森小でも緊急患者さんへの対応や処方切れ患者さんに対する処方を開始した。
TMATは①診療や避難所アセスメント(評価)を行う医療チーム、②保健師と一緒に避難者リストを作成する保健チーム、③避難所内の感染対策や生活改善を行う環境整備チーム――に分かれ活動。宮城県では11日間で合計12人の隊員が活動、また仙台徳洲会病院から8人のスタッフが現地入りし、23日にすべての活動を終えた。